人を喜ばせることについて メモ

 
 無理をしてまで人を喜ばせる必要はないが、他社貢献や他人に親切にするこということは大切なことである。
 その人ができる範囲で世の中や社会に役立つという面もあるし、精神的に得られるものとして心が安らぐという面もあるからだ。
 
 人は、時に緊張状態にさらされたりして、眠れなくなったり不安が強くなったりすることがあるので、適度に息抜きやリラックスができる環境作りや行動作りが必要である。
 少し極端に言えば、脳が24時間緊張状態にさらされることは良くないため、睡眠を取って休息させたり、リラックスをして緩和させるという必要が出てくるということだ。
 
 もし、「なかなかリラックスの機会がや時間がない」という人なら、それほど緊張せずに楽しく話せる人間関係が一人でもいれば、それだけでも対処法の一つのとなる。
 他にも、「人のためになること」を何か行動してみたり、他人に親切にしたり、楽しく接するというだけでもよいだろう。
 これらは脳の活動においてはオキシトシンの分泌に繋がるし、それも、自分にも相手にもオキシトシンが分泌されるため、心の安らぎやリラクゼーションに繋がると言われているからである。
 
 
 
 さて、「人を喜ばせる」という意味を一括りにして伝えることはなかなか難しいが、一般的には、人のためになることや嬉しいと感じることをやってあげるということである。
 先にも触れたが、自分にも相手にも オキシトシンが分泌されるという点から考えると、脳科学や精神医学の分野において言われている「人を喜ばせる」という行いは、良いことだと言えるだろう。
 
 ただ、自分自身がボランティア活動をやってみるとして、それを一生懸命やれば幸せになるのかと言うと、そうなるとも言えるしなれないとも言える。
 「世の中にのために」と思って一生懸命貢献する人に限って、疲れて燃え尽きてしまう人も多いからだ。
 
 であるならば、人に何かを与える場合は、こちらも少しは利益を得ても良いのだろう。
 その「利益」というのは、必ずしもお金に限ったことではない。
 例えば、相手から「ありがとう」とお礼を言われるのも精神的な利益である。
 
 とりあえず最初のうちは、「身近な人に今の自分ならできることをする」という範囲から始めて、徐々にその範囲を広げていった方がよいだろう。
 一足飛びに「世の中に広く伝わるように」という大きな範囲のものを掲げてしまうと、かえってプレッシャーになってしまうからである。
 
 
 
 結局、一般的に「人を喜ばせる」という行為は、自分の行動を通じて自分の承認欲求が満たされたり、周りから感謝されたりすることなどが含まれるものだ。
 
 だから、「自発性を持って自分の利益を見出しながら他社貢献をしていく」という姿が正しい。
 
 自己犠牲的にやったり、善かれ悪かれ誰かに何かを言われてやっているというのでは、長続きもしなければ、自分のためにもならないのである。