他人の評価が気になるのは、自分に自信がないからである。
それ以外にも、今の段階でどうしていいか分からない、自分の進むべき方向性が定まっていない、などの理由も挙げられるだろう。
他人の評価が気になってしまった時には、第一に、「なぜ自分は他人の評価を気にするのか」という自己洞察が必要となる。
なぜならば、自分にやりたいことがあって、今すべきことが分かっていれば、他人に何を言われてもどうでもよいからである。
第二に、自分のやりたいことを今やれているのなら、「やりきった」という感覚がどの程度自分の中にあるかということを知ることである。
なぜならば、やり切っていたら他人の評価は気にならないからである。
この二つがないから他人のアドバイスに心を揺らし、他人の評価で不安になって、いつまでも心が迷ったままなのだ。
これからは、他人の評価を受ける前に、自分で自分に評価をしていくことだ。
そのためには次のことを気にすることである。
①自己洞察する力をつける
②今の自分にできることをやり切る
③自分で自分を責めない
その上で、今何か目的を持ってやっていることに対して、今までの自分の行動を振り返ってみることだ。
まだやり切れていないことがあるのなら、まずは今できるベストを尽くすべきだ。
また、評価の仕方など様々あるのだから、ベストを尽くすという表現以外にも、自分が納得いくようにできているか、以前の自分と今とで変化があったか、何か収穫が得られたかなど、自分に見合った言葉があるだろう。
そうして、自分がどうなっているのかを自分で見てみて、やり切ってみるのだ。
もちろん、ここまでいったら「できた」とする線引きや段取りを決めておくことは忘れてはならない。
こうしたこともできていない状態なのに、他人の評価がどうだこうだなんて言っているのなら、順番がおかしい。
まずは、きちんと自己洞察をして、自分の考え方や意志を定める必要があるのだ。
自分で自分を評価するのは、その後のことだ。
自己洞察をする時に注意すべき点は、自分のできていないところに焦点を当てないことである。
その上で、自分の良いところ、できているところ、褒めるべきところなどを見つけ、次に結び付けていくことだ。
なぜならば、人はできない理由を見つけて現状維持をする天才だからである。
自分のことを励ますことができもしない人が、他人の評価を聞くものではない。
また、他人の評価は往々にして正しいことが多いように見えるが、いつも正しいものとは思わないことである。
あなたは良くできるし素晴らしい人なのに、悪意を持って低い評価をつける人は必ずいるからだ。
だから、自分のできたところについては、誰が何と言おうと自分自身で「できた」と評価を下すことだ。
どんな人にもできている部分とできていない部分が必ずあるのに、それを自分自身で一律に「できていない」と判断するのはおかしいことなのだ。
自分のことなのだから、必ず、一番乗りで確認し、達成感を実感し、喜ぶことだ。
多くの人は、「できてない」というところに限って重点的に見つめ続け、なぜかその時他人が「でも、この部分は良いよ」と評価していることは一切参考にしない。
自分一人で決めてしまって固執して、変更も修正も一切せずに、勝手に落ち込んだり自信を失っていく。
主観的に見ても客観的に見ても滑稽であり、明らかにおかしいことである。
それから面倒なことに、一回目から「本当のできた」を求める人がいる。
傍目から見たら多少粗くてもできているのに、それが嫌なのか、できていないことにしてしまっている。
「もしかしたら、できたとは言えないかも。」とか考えてしまう人がいるのは、「現時点での成功確率や、再現性や、完成度が低い」とか、「世の中、上には上がいる」といったことに一因があるかもしれない。
しかし、それらは一回目の「できた」の後、今後の精度を上げようと取り組むためにとるべき行動だと理解しておくことだ。
上を目指すなら完璧主義も悪いことではないかもしれないが、今の時点ではそのタイミングではないのだ。
そうでないと、自分のやりたいことなんて、実現させる以前に、満足に取り掛かることすらできずに終わってしまうのである。