仕事は恩返しから始まった方がよい


 少し古い考え方かもしれませんが、仕事は恩返しから始まった方がよいし、それが最も自然なかたちなのではないかと考える時があります。
 人は、自分が生きていくためには食べなければいけませんし、食べられるように自分の脚で立たなければなりません。

 世の中には、例えば魚を食べるには漁師が命をかけて海に出ています。
 店で物を買うためには生産者と消費者の間をつなぐ仲買人がいます。
 他にも、道路を工事したり舗装する人達がいますし、電車を作る人がいれば運転手をする人もいます。

 そう考えると、自分は本当に多くの人の助けによって生きていることが分かります。
 誰かも分からない他の人が手間をかけたり大変なことを成して人同士を繋いでくれたりして、そういう過程があったからこそ自分が生活できたりご飯が食べられるわけです。
 ということを考える意識が、基本的に日本には古くから備わっているのかもしれません。

 

 さて、現代では「仕事が辛い」とか「自分に合ってない」ということが実際にはあるかもしれません。
 だからと言って、すぐに諦めたり、次の選択を急ぐことばかりが正解ということもありません。
 また、自己実現はしたいでしょうし、将来の夢も叶えたいし、名誉あることを成し遂げたいと、一度くらいは思うことでしょう。

 ただ、最初は恩返しが100%でも構わないから自分がやれる仕事をして、やがてその割合がやがて70%、50%と下がって余裕ができてきた後に、その空いた部分に自分だからこそ出来る仕事が入る方が良いのではないでしょうか。
 自分がどのくらい周りの人からの恩恵を得ているかが分かってからでも良いのではないでしょうか。

 もちろん、最初は恩返しを優先して余裕ができてから自分のやりたいことを仕事にするまでの間、他所で働いてお給料をもらうということは悪いことでも何でもありません。
 まずは、「自分のできることを精一杯しよう」というスタンスを持ったり、「少なくとも自分が生きている間は他人がしてくれたことへの恩返しをしよう」とすることが仕事の基本であった方が良いのです。
 さらに、そうして取り組む間に「世の中のこんなに意外なところに人の努力があったのか」と分かってさらにハマっていくのも決して悪いことではありません。

 そう考えると、仕事がうまくいかずにやきもきしたり、職場の人間関係がギスギスすることもなくなりますので、「人が考え意識することでもたらす幸福の割合は大きい」と言えそうです。

 

 筆者も少なからず恩返しを優先させてきた部分があります。
 作曲編曲を、仲間のために無償でしていた人の手伝いをしたところ、やがて自分がその人の代わりに書く機会を得るようになり、また他の人へと紹介されていくようになりました。

 楽器の手入れや修理が必要なのに手が回らない人達の手助けをしたところ、やがて楽器に詳しくなったり、表現のレパートリーが増えたり、専門業者の方々と知り合うようになっていきました。

 演奏が上手に出来なくて悩んで苦しんで、仲間外れにされていた人達の相談に乗り、寄り添い、解決の手助けをして、その人達ができるようになった時に一緒になって喜んでいたら、やがてそれが他人を介して伝わり、知らない土地でも教えるようになっていきました。

 「塵も積もれば山となる」と言いますか、些細なことから意外と仕事に繋がるものです。
 もちろん、見ず知らずの楽団の素晴らしい演奏をしているような所に呼ばれたこともわずかにありますが、大部分においては、自分が駆け出しの頃から親切に大切に接してくれた人達に対して、何か恩返しをしようと思って行動したことが大きいのでしょう。

 さらに、物やお金だけに限らず自分に何らかのお礼が返ってきた時には、その時に一緒にいた人達にお裾分けをしたり、他の人にも紹介していたこともあって、そうして人の輪が少しずつ広がっていったのかもしれません。

 

 話は戻りますが、「お金を稼ぐために仕事をする」という考えだけでは、会社勤めならうまくいくのかもしれませんが、自分が主体となって起こしたことにおいては、まずもってうまくいかないでしょう。
 ただ、実際には数パーセント程度はうまくいく人もいますので、そこにばかり注目してしまうと自分の人生は暗くなってしまいますので気を付けた方が良いですが。

 仕事というものは、確かに収入額や名誉も大切な事ですし、最初から大物だけを狙う考え方も大切かもしれません。
 しかし、経験上は、やはり基本的には恩返しを中心としたことから始めた方が、想像していたよりも入り口は小さくて狭くて飾り気もないかもしれませんが、意外とすんなりと道が開けていくものです。