「自分のことを理解してくれる人がいない」と感じることは、誰にでもあります。
ですがそもそも、「理解してもらえる状態」とは何かを明確に定義することは難しいものです。
いつでも誰が見ても分かるような「完全な理解」というものは、現実にはほとんど存在しないのではないでしょうか。
たとえば、親しい人から「あなたのことはよく分かっているよ」と言われたとき、素直に受け取れることもあれば、どこか疑ってしまうこともあるでしょう。
また、自分が誰かを完全に理解できたことがあるかと問われれば、多くの場合は「そこそこ分かる」程度にとどまるはずです。
1. 「理解」そのものに期待しすぎない
① 完全な理解はほぼ不可能
何年も生きてきた自分のすべてを、数十分や数時間の会話で他人が理解することは難しいものです。
時間を重ねたとしても、100のうちの一部を分かち合える程度かもしれません。
② 理解されても悩みが消えるとは限らない
仮に相手の気持ちや考えをすべて知ることができたとしても、それだけで悩みがなくなったり、人間関係が劇的に良くなったりするとは限りません。
大切なのは「理解したかどうか」よりも、その人のために何かをしようとする姿勢です。
2. 本当に大切なのは「寄り添う気持ち」
重要なのは、相手を理解しようと努める姿勢です。
話を聞こうとすること。
苦しみに共感しようとすること。
できる範囲で力になろうとすること。
たとえ完璧に理解できなくても、その思いがあるかどうかが関係性を育てます。
逆に、寄り添う気持ちがないまま「理解した」と言われても、安心感は生まれません。
1時間、不平不満を聞いてくれる人がいるとしたら、それだけで十分に心を開き、時間を分けてくれている証です。
その姿勢には、まず感謝があってよいはずです。
3. 「理解してほしい」なら、まず自分から
自分の気持ちを分かってほしいと思うのは自然なことです。
ただし、自分はどれほど相手の気持ちを理解しようとしているでしょうか。
相手に「真剣に話を聞いてほしい」と望むなら、まず自分がその姿勢を持つことが近道です。
達成不可能な高い目標を無理に掲げて落ち込むのではなく、「今できること」を積み重ねることが現実的です。
自分のこと一つとっても、絶対に達成できないぐらい高すぎる目標を持ったらまず達成できないことは、きっと想像できるのではないでしょうか。
無理やりやるから失敗して、「なんて自分はダメなんだ」と落ち込んで沈んでいくのです。
同じように、「完璧に理解してほしい」という理想ではなく、「自分のことを理解してもらうためにできることは何か」という、「自分ができる理解」を増やしていくことが大切です。
4. 心の壁を下げ、感謝を伝える
相手に寄り添うためには、自分の心の壁を少しずつ取り払う必要があります。
そして、自分の話を聞いてくれた相手に対して、感謝の気持ちを持つことです。
「忙しい中、話を聞いてくれてありがとう」
その一言だけでも、関係は変わります。
なかなか言葉にできなかったとしても、心の中で思うことはできます。
コミュニケーションは、自分と相手がいてこそ成り立つ交流です。
敬意や感謝がなければ、それは壁に向かって話しているのと同じになってしまいます。
言葉のキャッチボールがあるからこそ、対話は深まり、やり取りも上達し、そこに癒しや感謝や思いやりも生まれます。
まとめ
「なぜ分かってくれないの」と思う前に、
「理解しようとしてくれてありがとう」
「理解しようと時間を割いてくれてありがとう」
と気づけるかどうか。
その視点の変化が、相手が持つあなたへの思いやり、愛情や友情などの前向きな感情に気づくきっかけになります。
そして「そこに気付いてあげる」ことこそが、自分を理解してもらうための一番の近道なのかもしれません。