ショウリョウバッタ

 
昼食を作り、食卓の準備を整えた後、
流し台の隅にショウリョウバッタを見つけた。
小さくも大きくもないが、雄だろう。
 
おそらく門から玄関先までの間で買い物袋に飛びついたのを、
そのまま家の中まで招き入れてしまったに違いない。
 
気が付いた時には、もうずぶ濡れにしてしまっていた。
しかし排水溝に流されずにいてくれてよかった。
 
丁寧に左の手のひらに取り上げ、水気を切る。
もう一方の手で蓋をして庭先まで運び、手を退ける。
 
ポンと力強く、だがたどたどしく跳ねた。
 
左の脚が無かった。
 
酷い扱いをしたわけではないし、
家に入った時からおそらくそうだったのであろうが、
今となってはもう分からない。
 
そのまま器用に飛び跳ねながら、草木の中に消えていった。
 
彼がしがみ付きたかったのは買い物袋ではなかっただろうに。
 
 
 
さして広くもない庭だから、
つがいになる相手を見つけられるだろうか。
昆虫の神様がもしいるのなら宜しく取り計らっていただきたいし、
寒くなるまでの間は心行くまで跳ねて回ってほしいと願う。
 
猫避けをしてあるから、いたずらに突かれて遊ばれたり、
取って食われるようなことはないだろう。
 
もし相手を見つけられなくても、鳥と蛙に気を付けてさえいてくれれば、
蟋蟀達は共に過ごしてくれるから、一人淋しい日々ではないはずだ。
 
 
 
人は、しがみ付くというよりも、自分の何か好きなことに噛り付き、
そこに没頭し続けられるほど、人生を楽しくしていきたいものである。
 
もう秋の夜長に浸れる時期になった。
芥川か、ドストエフスキーか、HSPの類か。
今宵のお供は、さてどれにしようか。