職場などで嫌いな人がいて、それが気になって楽しい気持ちになれなかったり、いつもその人のことばかり気になってつい見てしまったり、考えたくもないのにその人のことばかり考えてしまう、ということはよくあることだろう。
では、その嫌いな人を自分の意識から消すにはどうしたら良いか。
それは、その人のことを「嫌い」ではなく、「普通」と捉えることである。
世の中の人の多くは、ある特定の人のことを好きか嫌いかで判断することが多いのかもしれないが、そこを「好き」か「普通」で判断するだけで、嫌いな人はいなくなるのだ。
とは言うものの、そんなに単純な話でもない。
人間は他人を見た時に、無意識のうちに本能で好きか嫌いかで判断すると言われている。
それは、人間の脳には扁桃体というものがあり、それは大昔から、猛獣などの外敵と出会ったり、自分の身が危険にさらされた時に、瞬間的に興奮させ、戦うか逃げるかを判断させる部位でもあるからだ。
だから、ある人のことを「嫌い」と思った時に、脳の扁桃体が反応して、そこに照準を合わせてしまう。
なぜならば、それは「こいつは敵だ」という認識であり、その人が襲いかかってこないか、自分に危険を及ぼさないかを気にするという、猛獣などに対する反応と同じだからである。
そのように、扁桃体が興奮するとその対象に注意が向いてしまうのだ。
「この人嫌い」と思ったら、その嫌いな人のことを考えたくもないのに見てしまったり、言動や一挙手一投足が気になってしまうのだ。
このような脳の仕組みが関連しているということである。
つまり、相手を嫌いだと思うほど、その相手のことを考えてしまい、忘れられなくなってしまうのだ。
その人のことを考え続け、家に帰ってもまだその人のことを思い出して嫌な気持ちになってしまう、ということが起こってくるのだ。
嫌いな人に自分の人生を引っ掻き回されないようにし、かつ自分の時間をもっと生きたいのなら、この「嫌い」という言葉や考え方をやめた方が良いのである。
「そんなことできるはずがない」と思うかもしれないが、それでも「嫌い」と考えるより「普通」と考えた方が良い。
「この人嫌い」と考えることは、それ自体がエネルギーの無駄遣いであり、誕生のリソースや時間の無駄遣いなのだ。
「この人好き」という感情はとてもいいことなのでそのままでよいのだが、それ以外の人は特に好きではないということで、全部「普通」として接しても良いのではないだろうか。
自分の大切な時間にはもっと、自分の好きな人のことを考えたり、自分の好きな人と過ごして良いのだ。
そうすることだけでもかなり幸せな気持ちになれるのだが、あなたは今現在どのくらいそうしたことに時間を使っているのだろうか。
そう考えれば、嫌いな人に対してこちらから悪口や嫌がらせをする必要もないし、時間すら使う必要がないし、自分にとって好きな人や好意を持って接する人という基準まで上がってこれなかったのだから、「普通」で良いのだ。
先にも述べたが、好きが嫌いかで判断してしまうと、脳は自分の身を守るために、嫌いなものに対して照準を合わせてしまう。
すると、「嫌い」を排除したり逃げようとして優先的に注目することになるから、目の前に起こることとしては、常に嫌いな人や嫌いな出来事があなたに襲いかかってくることになるのだ。
だからこれからは、物事や人付き合い特に嫌いな人に関して、その判断を「好き」か「普通」かで行うようにするだけで、頭の中から嫌いな人がいなくなり、さらに嫌いな人に対する不快感もなくなっていくのである。