「自分は真面目に一生懸命頑張っているのに、なぜガサツなあの人ばかり成功しているのか」と思ったら

 
 自分はいつもこんなに真面目に、地道に、几帳面に、一生懸命頑張っているのに、なんであのユルくて、ズボラで、大雑把な人が成果を上げているのだろうかと感じるのは、おそらく誰にでも経験があることなのではないでしょうか。
 一見ガサツで不真面目にも見える人がうまくいっているように見えるというのは、全部が全部そうなのではないと思いますが、そういう人も少なからずいるし、むしろ出世したり、会社経営などで成功している人のイメージそのものだったりするのかもしれません。
 
 一方で、何でもかんでも積極的で、活動的で、頭が良くて、時間の使い方も上手い、パーフェクト且つリスペクトに値する人というのは、ごく稀にですが存在することでしょう。
 
 しかしそうでなくても成功している方というのはたくさんいるものです。
 
 あの人がうまくいっている大きな理由としては、今現在の目的や目標に対して、物事の本質を見抜いたり、解決すべき課題を的確に把握して、自分のポジションや役割に基づいて、次にとるべき行動の方向性を決めているからです。
 
 
 
 例えば経営者や集団のリーダーであれば、自分の仕事の大半はクリエイティブなことにエネルギーを割き、方針や戦略を考えたり、アイデアや解決策を出したり、きちんと目的地に辿り着くように集団を率いていきます。
 それが経営者なのであれば社員を雇ったり、リーダーなのであればメンバーを率いたりして、周りの人たちに様々な仕事をやってもらうために、自分自身が可能な限り明確に方針を打ち出すことが適切だからです。
 自分のポジションと役割を把握しているのですから、もしも一般レベルと同じような雑用や事務仕事をやり始めたら、本来やるべき仕事ができないのです。
 
 また、「遊びたい」、「怠けたい」、「楽したい」という感情を否定したり排除したりせずに、「むしろそうするために一生懸命仕事を頑張る」という一面も持っていることが多いです。
 もう少し真面目に言うのであれば、「『遊ぶだけ』とか『仕事だけ』ではでも人生の時間は回らないので、自分の時間や収入を増やすためにもクリエイティブで効率的に仕事をし、それに伴う成果もきちんと出す」と考えて取り組んでいるのです。
 
 
 
 さて、頑張ることは確かに大切ですが、頑張ったということだけで満足してしまう人もいます。
 それがもし「頑張った」という気持ちや感情だけで、実は自分からも他人からも客観的な評価や測定ができない結果だったならば、必ずしも頑張ることがうまくいくための本質であるとは言えないでしょう。
 
 さらに言うと、自分の作業を人にやらせたり、任せたり、割り当てることができる力があるというのも重要なことです。
 他人に任せる事が出来ない人は、そのポジションや役割の仕事の中でやらなくていいことをわざわざやっていたりします。
 もちろん職人やエキスパートと言われるように、「その人やその技量でなければ成立しない仕事」というものもありますので、全てが当てはまるわけではありませんが…。
 
 「自分の時間の使い方」がある一方で、「組織の時間の使い方」という点もあることを考えれば、人に任せることの重要性も分かるかと思います。
 もし自分ができるようになった作業や、自分に割り当てられていた、自分以外の人でもできる作業というものを、人に任せられるレベルに高めていけば、任せた時に自信を持って任せることもできますし、もしそうであれば任された側の人だってきっと嬉しいことでしょう。
 
 言うまでもないことかもしれませんが、自分が押さえるべきところはきっちり押さえた上で、基本的に他人に仕事を任せることができない人は、もし成功したとしても小さくまとまってしまうでしょう。
 「全部自分でやらなければならない」と考えて動くのであれば、作業量としても限られてきます。
 だから、「いかに仕事を分担し、任せて、上手くやってもらうか」ということを自分が上手くやることが、仕事で成功することに繋がっていくのです。
 
 
 
ここまでの流れから、自発的にすぐに取り掛かることができることは何かと言えば、例えば以下のようなことが言えるでしょう。
 
 ・何でもかんでも自分でやらないようにする
 ・今自分がしている仕事を自分でなくてもできる形にしてみる
 ・今自分がしている仕事を分担、分業できないか考えてみる
 ・自分が得意な心に最もエネルギーを注ぐ
 ・適材適所ということを考えてみる
 ・自分が苦手な部分を知る
 ・周りの人の得意、苦手、長所、短所を知る
 
 忘れてはならないのは、たとえガサツな人であっても、優先順位や効率を考えたり、何か目的や目標を持っていたり、他人にお願いしたり、甘えたり、頭を下げたりするのが得意な自分を活かそうとしていたり、外部の人とやり取りしたり、仕組みを作ったりすることが得意な人なのかもしれないのです。
 
 その視点で見てみれば、実はあなたが苦手だと思っていることを普通に行うことができる人なのかも知れません。
 その反対に相手は、あなたが平然とやってのけている、毎日メンタルの波もなく、毎日真面目に出勤していることや、長時間継続して作業できることや、凄まじい集中力を発揮していることや、押しなべて一連の作業を一人で行えていることを目の当たりにして、「凄い」と思っているのかもしれません。
 
 
 
 確かにビジネスや集団戦において、「いつもガサツなあの人」のような類の人達は非常に有利に働いている部分がありますが、重ねて言いますが、全員が全員そうなのではありません。
 
 それでももし、「でもやっぱりズルイよ」と思ってしまうのであれば、そのズボラな人が得意とすることや苦手とすることを普段からよく観察しておくことです。
 
 そして、相手から仕事を頼まれた時に、「それならば私のこの部分も手伝ってくれるととても嬉しいんだけど」などと言って、自分の苦手な部分を相手の得意なことで手伝ってもらい、その中から見習うべきことはしっかりと自分に取り入れて、お互いを補っていったらよいのではないでしょうか。
 
 
 
 ちなみに筆者は楽譜を書きますが、世の中の一流と言われる音楽家の方々のやり方はよく存じませんが、自分一人だけで自分で書いたスコアの全てのパートを演奏することが叶いません。演奏者の皆さんにやってもらうしかないのです。
 「あの人はあの楽器が演奏できるからズルい、羨ましい」とか、「自分はこの楽器とこの楽器を満足にやる機会が得られずにここまで来てしまったので人生終わり」とか思っている場合ではないのです。
 
 助け合い、補い合い、伸ばし合い、出来るようになったら喜びを分かち合わないと、集団ではやっていかれないし、成長できるはずの些細なことの成長も、見込めなくなってしまうことが多いのです。
 それと同じで、他人に引け目を感じてばかりで、成長するはずだった自分の素晴らしい才能の芽を自ら摘んでしまうことも、あってはならないのです。
 
 「なんであの人が」と思う気持ちも分かりますが、その前に自分でできることがきっとあるはずです。
 
 話が少し逸れてしまいましたが…。
 
 会社勤めや集団行動の経験というものは、人生において非常に有益となる事が多いと思います。
 同時に、厳しいことや辛いこともたくさんあるかと思いますが、より良いやり方や考え方を取り入れて実際に実践してみることで、少しずつですが確実に成長していけるものだと信じております。